九州醤油が愛されるにはワケがある。その理由と絶品醤油を生みだす醤油蔵をご紹介。
2019.01.22

九州醤油が愛されるにはワケがある。その理由と絶品醤油を生みだす醤油蔵をご紹介。

九州の食文化を支える醤油。その特徴のひとつに、"甘み"があります。九州圏外から九州を訪れ、醤油が甘いことに驚いたという話を耳にすることもしばしばです。 また、"甘み"だけでなく、地域によって作り方や味わいも異なります。
さらに、福岡県は日本一醤油屋の多い県でもあり、それほど醤油にこだわりを持つ人が多い場所なんです。そこで今回、「家族の暮らしラボ」では、九州で作られるこだわりの醤油にフォーカスしました。九州の醤油が甘い理由や、一度は味わいたい逸品を生み出す醤油蔵の裏話などをご紹介します。

九州の醤油が甘いワケ。その理由は新鮮な魚のため?

九州の人にとってはスタンダードな、甘い醤油。でも、どうして甘く作られるようになったのでしょうか?その理由は諸説ありますが、大きく分けると三つあると言われています。

一つ目の説は、江戸時代の鎖国政策に遡ります。当時、日本では外国との関わりが制限され、その中で唯一貿易の窓口となったのが長崎県の出島でした。その頃、醤油は、出島から海外へ輸出していた高級品。一方、輸入品として砂糖が日本に入ってきて、長崎から佐賀へ、そして福岡を通って本州へと渡りました。そのため九州では砂糖が手に入りやすく、高級品の醤油に貴重な砂糖を加えて、客人をもてなしたことから醤油が甘くなったとも言われています。

二つ目は、気候によるもの。気温の高い九州では、その暑さから人々の消費カロリーが高く、カロリーを補うために甘いものを摂取してきたとも言われています。そうして調味料である醤油も甘口になったのだとか。

そして、三つ目は、新鮮な魚介類をより美味しく食べるために醤油が甘くなったという説です。実は、魚介類は熟成するほど旨みが増し、新鮮な魚ほど身が引きしまっていて、淡白な食材です。九州は、海に囲まれ新鮮な魚が手に入ります。そこで、調味料で旨みを補うために醤油を甘くした、という説も。
歴史や気候、地理的な背景から、九州ならではの甘い醤油が生み出されたようですね。

1から醤油を作る蔵は、全体の約1割!?

1960年代を境に、醤油造りの背景は大きく変わっていきます。
設備や技術力にばらつきのある中小企業の近代化と経済の発展を目的に、昭和38年に制定された「中小企業近代化促進法」という法律がきっかけです。これを受け、醤油製造業は、地域ごとの醤油メーカーで組合を作り、最新設備をそなえた協業工場をつくりました。
そこでは、原材料の処理から圧搾までを一手に引き受け、加盟した蔵の負担は大きく軽減されました。この法律の制定後、醤油の出荷量は大幅にアップしたのです。
しかし、その反面、今では仕込みから行なう醤油蔵は全体の1割ほどになったと言われています。
こうした背景のもと、近年、醤油造りを1から取り組む蔵元や、100年以上の歴史を継承しながら進化を続ける蔵元が、いま注目を集めているのです。

醤油を作る様子

リスクを恐れない!信念を貫き、自社醸造を復活させた「ミツル醤油」

上述のとおり、1960年代以降、自社醸造を行なう蔵は激減しました。
福岡県糸島市にある「ミツル醤油醸造元」も、自社醸造をやめた蔵のひとつでした。それから約40年後、4代目となる城慶典さんの手で、自社醸造を復活させたのです。
これは、醤油業界では非常に稀なこと。仕込みに使う広い場所を確保し、道具や設備を揃えるといった費用の負担が大きいためです。また、一般的に醤油造りは長い歴史の中、代々伝承された造り方を受け継ぐことが多く、新たにスタートさせることが非常に難しいことも理由のひとつです。費用や時間、技の構築...。すべてのリスクを背負ってでも、復活させたい思いが城さんにはありました。

「高校生の頃に自社醸造を復活させると決めていたんです」。そう話す4代目の城さんは高校卒業後、東京農業大学醸造学科に進学しました。在学中に全国7ヶ所の蔵元へ修行に行き、卒業後は広島の蔵元でさらに1年修行に専念。その後、食についての知識を深めるため、フードコーディネータースクールに通い、2009年に帰郷しました。その4年後、添加物を加えない天然醸造の濃口醤油『生成り、』を完成させました。300mlで1234円と、他の醤油に比べて数倍の値段にも関わらず、安心・安全な食を求める人たちが噂を聞きつけ、手にとりました。また、各地の蔵人やバイヤー、メディアの人々が賞賛の声をあげ、その評判は瞬く間に全国へと広がることに。それは、城さんの強い信念と計り知れない努力はもちろん、これまで様々な蔵で修行を続け、多くの人が応援したくなる人柄にも表れているようです。

「経験が浅い分、修正できる部分はどんどん修正して、来年の搾りは必ず今年より良いものにします」と話す城さん。年々、ファンを増やしながら、ミツル醤油は進化を続けています。

有限会社ミツル醤油醸造元 社員

醸造中の醤油

生成り

有限会社ミツル醤油醸造元

〒819-1601 福岡県糸島市二丈町深江925-2
TEL:092-325-0026
FAX:092-325-0654
http://www.mitsuru-shoyu.com/

世紀を超えて。日本でも希少な伝統製法を守り続ける「丸秀醤油」

「先代の祖父が亡くなる直前に私の手を握って、『蔵のことは頼むぞ』と言いました。その一言で継ぐことを決めたんです」。
そう話すのは、創業1901年の佐賀県唯一の醤油醸造蔵「丸秀醤油」6代目の秀島健介さん。その後、醤油造りを1から学びたいと、東京の大学へ進学。農学部で発酵学を学びました。2010年に佐賀に戻り、100年以上の歴史を受け継ぎ、全国的にも珍しい天然醸造の醤油造りを守り続けています。

丸秀醤油の醤油造りは、全国的に見ても希少です。多くは、組合から購入した酵母や乳酸菌を加えて温度を調節して発酵させるのが一般的です。しかし、丸秀醤油では購入してきた菌は使わず、蔵に住みついている菌を自然に発酵させて使っています。“蔵付きの菌”と呼ばれるこの菌を使う醤油蔵は、日本国内でも数えるほどしかないのだとか。1978年に蔵を移転した際には、代々受け継がれている菌とともに、蔵の壁を丸ごと引っ越したそうです。
さらに、丸秀醤油では夏の発酵と冬の熟成を2度繰り返し、2年かけて熟成させます。こうして味に丸みが出て、より香りの良い醤油が出来上がるのです。こちらの看板商品は『自然一醤油』。食材の味を最大限に引き出してくれる逸品です。

丹念につくられる丸秀醤油には、歴史ある“菌”のバトンを受け取った秀島さんの天然醸造にかける思いが詰まっています。「世界で和食が注目されている反面、国内の醤油の消費量は減少しています。現代の人々が日々忙しく、外食が増えたことも影響しているのかもしれません。その中でも、日本人が大切にしてきた本物の味わいを届けたいんです。」と話す秀島さん。発酵の文化を伝えていきたいと、昨年9月から蔵開きのイベントを始めました。他にも、保育園や小学校でワークショップを開催するなど、次の世代への継承にも力を注いでいます。

『自然一醤油』を使ったおすすめの味わい方は、刺身に付けて食べるとのこと。ヒラメやタイで味わうと、一層、素材の良さがわかるのでぜひ一度お試しを!

秀島健介さん

自然一醤油

丸秀醤油株式会社

〒849-0921 佐賀市高木瀬西6丁目11番9号
TEL:0952-30-1141
FAX:0952-30-1142
http://www.shizen1.com

“甘い”の先にある九州醤油の魅力

国内に1200社ほどの醤油屋があると言われる中、福岡にはその内100社の醸造元があり、その数は全国一です。醤油は醸造元によって味が変わるため、それだけ様々な味わいの醤油が存在しているということです。
九州の中でも温かい気候の南に行くほど、醤油の甘みが増し、その味わいは多様化しています。それぞれの個性ある醤油を知ると、いつもの食事にバリエーションが広がり、料理するのも食べるのも楽しくなるはずです。
ぜひこの機会に、自分好みの醤油を見つけてみてはいかがでしょうか?

ミツル醤油 / "食"を通じて人と人を繋ぐ『食文化スタジオ』

http://www.syokubunka-studio.jp/file/food/2013/03/soy-sauce.php

ページトップへ戻る